龍馬伝説残る御手洗 広島県呉市・大崎下島

■志士集う 歴史の穴場

 「御手洗を素通る船は、親子乗りかや金なしか」とうたわれた瀬戸内の港町・御手洗は、広島県呉市の大崎下島にある。江戸時代、中継貿易でにぎわう歓楽地だった。幕末、坂本龍馬ら維新の志士も集ったという。島に伝わる「龍馬伝説」を追った。(中川正美)

 御手洗は、北前船など海上輸送量の急増を背景に栄えた商業港で、国の重要伝統的建造物群保存地区だ。一昨年秋、安芸灘4島を結ぶ最後の橋が開通し、本州と陸続きになった。架橋前に比べて観光客は倍の年間十数万人に増えたが、まだまだ歴史散策の穴場である。

 龍馬伝説探しの出発点は、歴史資料を展示する「江戸みなとまち展示館」。寄港を裏付ける「河田佐久馬備行ミちの記」(山口県文書館所蔵)を複写したパネルが展示されている。河田は鳥取藩士で、龍馬とは旧知の間柄。1867(慶応3)年4月日の記録に、潮待ちで御手洗に入港し、龍馬と談笑したとある。1週間前に讃岐沖で起きた蒸気船「いろは丸」の衝突事故の顚末を語ったらしい。

 龍馬が立ち寄った可能性があるのは、豪商だった金子邸。長州(山口)と芸州(広島)両軍が討幕の約定「御手洗条約」を結んだ場所とされ、「龍馬、中岡慎太郎などの志士も度々来島し、密談を行った」と邸宅前に説明書きがある。

 観光ボランティアガイドを務める下鍛冶尚真さん(78)は「お寺の道場だった新谷道太郎宅にも幕末、龍馬をはじめ志士たちが集まったそうです」と話す。新谷氏は御手洗に隣接する大長出身で、軍艦奉行だった勝海舟の若党になり、山岡鉄舟に剣を学んだ。自伝によると、1867年11月初旬、新谷宅で土佐、薩摩、長州、芸州の四藩軍事同盟が成立したという。

 幕末、御手洗は芸州と薩摩両藩の秘密貿易基地にもなっていた。公武合体で奔走中の薩摩藩士大久保利通が寄港し、船宿でひと風呂浴びた記録もある。

 歴史が息づく島で、維新の志士に思いをはせるのも楽しい。
 ガイドの問い合わせは、「潮待ち館」内の豊町観光協会(電話0823・67・2278)へ。

◎味わう
 江戸後期に建造された防波堤「千砂子波止」近くに昨春、海鮮料理「脇坂屋」が開店した。一番人気は穴子重(1800円)。砂や泥の底部ではなく、岩場にすむ地元産のアナゴを使う。臭みがなく、肉厚。漁師から直接仕入れ、刺し身でも提供する。店主の脇坂進さん(59)は島の活性化をめざす「安芸灘四島物語協会」の会長を務める。妻の園見さん(42)は店の女将で、御手洗節を聴かせる。電話0823・66・4343

◎名物
 JA広島ゆたかの郷土料理グループが製造する「みかん味噌」が人気を集めている。代表の中村和子さん(68)は「島の保存食で、義母から作り方を教わった」。東京のツアー客に提供したら好評だったため、2年前に商品化した。みかんを丸ごとゆで、いりこやごぼう、にんじんなどを加え、合わせ味噌で調える。豆腐や野菜に合う。「みかんあいらんど」(電話0823・67・2055)などで販売している。150グラム入り400円。

◎出会う
 七卿落遺跡近くにある「ぎゃらりー蔵」。武者小路実篤氏らが創立した美術公募団体「大調和会」会員で、みかん農家4代目の廿日出義弘さん(72)が昨年初めに開設した。先代が、米蔵をみかん倉庫に改装。高潮の被害を受けて使えなくなり、絵画作品の保管を兼ねてギャラリーへ。農作業の合間、週末を中心に随時開ける。島の風景など油彩約30点を展示する。入場料100円。電話0823・66・2452

◎泊まる
 海岸沿いにある「船宿 なごみ亭」は、みかん農家が使っていた旧家を改装し、今春から1組限定で宿泊客を受け入れる。「自慢は島の自然と新鮮な魚料理」と女将の日置トシコさん(67)。2階にある宿泊用の部屋は22畳余りの広さで、定員10人。家族やグループ向けだが、空いていれば1人でも宿泊できる。1泊2食付き1人1万円。昼は1階店舗で「あなごめし」(950円)を提供する。電話0823・66・3558

 ■アクセス 広島市中区の広島バスセンターから直行バス(平日4便)で2時間20分。呉市・川尻港からは高速船(週末4便)で約40分。自転車で乗船できる。車では、山陽道方面から広島高速2号線を経て広島呉道路の呉インターチェンジから約1時間。

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