交流:38年前、北ア遭難救助忘れず 生還した内野さん、元山岳警備隊員らと /岐阜

3月15日11時1分配信 毎日新聞

 38年前の正月、雪の北アルプス南岳(標高3033メートル)での山岳遭難事故の救助に来てくれた県警山岳警備隊員らと交流を続けている埼玉県さいたま市西区の郵便局職員、内野幸一さん(62)が13日夜、高山市奥飛騨温泉郷平湯で、命の恩人たちとまた再会した。なかには15年ぶりという元警備隊員の懐かしい顔もあった。【奈良正臣】
 ◇「記憶、昨日のよう」--高山
 内野さんは24歳だった1971年1月3日朝、友人と2人で南岳の稜線を縦走中、約300メートル下の滝谷へ転落した。救助隊は6日夕に現場にたどり着き、翌7日朝から約7時間がかりで南岳小屋に引き揚げた。内野さんは8日、自衛隊のヘリで下山することができた。内野さんは凍傷で左足を切断したが、その後、義足で再び山登りをするまでになった。
 内野さんは94年になって、猛吹雪の中、救助に尽力してくれた3人と23年ぶりに再会した。現場まで来てくれた山岳警備隊員だった森本靖宏さん(67)、民間の北飛山岳救助隊員だった三ツ尾健治さん(73)と、途中の槍平(標高1991メートル)まで資材を運び、その後は無線の中継点となって救助隊を支えた岩平源治さん(60)だ。
 それ以来、森本さんや三ツ尾さんとは親しく付き合っていたが、岩平さんとは会う機会がなく、4人が集まった13日夜は、15年ぶりの再会だった。
 遭難事故と救助の記憶が、昨日のことのようによみがえった。内野さんは、片足で雪洞を掘って、3日3晩眠らずに耐えた。だが、「頭の上を何度も雪崩がかすめて行って、恐ろしかった」と思い起こした。
 一方、救助した三ツ尾さんは「凍傷でロウソクのようになった内野さんの左足を一晩中、自分の肌で温めた。砂糖湯をおいしそうに飲んだときの内野さんの顔が忘れられない」と語った。森本さんは「内野さんが助かったのは、生きようとする精神力が生んだ奇跡としか思えない」と話した。ただ、最近また山岳遭難が増えていることに「安易な気持ちで山へ登る人が増えて残念だ」と顔を曇らせていた。

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