◇「介護が必要な人も泊まれる旅館に」--浅虫温泉の西村さん
青森市在住の西村菜穂子さん(47)は一昨年、病院の医療事務職から浅虫温泉にある旅館「ヘルシーインあさむし」のマネジャーに転身した。まだ赤字だが、持ち前の元気で失敗も糧にして前進。工夫したもてなしで、ファンも増えてきた。「おかみ」を目指しつつ、「まだ半人前」との自戒を込めて「おかめ」と刷った名刺を今春作製した西村さんは、求められるサービスを模索しながら、今日も客を迎える。【高橋真志】
西村さんは、田舎館村出身。高校卒業後、東京都内のデザイン専門学校に入学したが、在学中、父親が急逝したため青森市へUターン。ブライダル業界を経て、80年代後半、飲食店経営などを手掛ける企業に転職。営業や企画、経理などを幅広く学んだ。
仕事は充実していたが、深夜まで仕事が続くなど多忙過ぎることを母親が心配したため、90年代後半に別の道を模索。そんな時、休養に訪れた浅虫温泉で美しい自然に魅せられた。「飲食業は夜の仕事が多いので、日差しに照らされた緑をまぶしく感じた」。温泉好きだったこともあり、旅館街の病院で医療事務職員として働くようになった。
転機が訪れたのは07年4月。勤務する病院が、近くにあった社会保険庁の保養施設を買い取り、旅館を開業した。直後から医療事務の合間に館内の飾り付けなどを手伝うように。ところが08年秋、当時のマネジャーが退職。飲食店経営に携わった経歴を買われ、院長が後任に抜擢(ばってき)した。
旅館経営についてはまったくの素人。医療事務と並行しながら睡眠時間を削ってノウハウを学んだが、当初は失敗が続いた。客室数を超える予約を受けてしまい、事情を話して食堂に泊まってもらったことも。「嫌なことがある度に医療事務専従に戻りたいと思った」と、苦笑しながら振り返る。
しかし、心を込めたもてなしは次第に客の心をつかんだ。新婚旅行カップルには、夕暮れの露天風呂で事前説明なしにケーキとバラ、ワインをプレゼントしたことも。「わくわく感を与えるのが仕事。お客さんの笑顔が活力になる」と話す。
昨年からはマネジャーにほぼ専念するようになり、旅館周辺の里山散策や健康診断を盛り込んだ宿泊プランも企画。リピーターは着実に増加し、従業員にお土産を持参する客も現れた。
忘れられない経験がある。マネジャー就任直後の08年秋、「要介護4」のおばあさんが家族と宿泊した時のことだ。近くの福祉施設からヘルパーを呼び、食事や入浴の介助を依頼。おばあさんだけでなく、介護から解放された家族も旅行を満喫することができた。
後日、おばあさんが亡くなったとの連絡が家族からあり、「最後に楽しい思い出ができて幸せだった」と感謝された。「旅館で働かなければ、こんな経験はできなかった」。それまでは、マネジャーの仕事に戸惑うことも多かったが、仕事を続ける決心が付いた。
近々、従業員とともにヘルパーの資格を取るつもりという。
「福祉施設に毎回頼むのは難しい。介護が必要な人も安心して泊まれる宿にしたいから」