10月31日12時5分配信 Business Media 誠
「曲がったキュウリだからといって、食べられないわけではない」
子どものころ、安売りの曲がったキュウリを買っては、よく祖母がそう言っていた。味を楽しみ、栄養を摂るだけなら、少しぐらいキュウリの形が悪くても問題はない。真っ直ぐなキュウリに比べて何となく気分は悪いかもしれないが、気持ちと価格の“トレードオフ”なら価格を選択する人も多いだろう。
曲がったキュウリのように、世の中には気持ちの問題さえ解決すれば、安く手に入るものがある。賃貸住宅でそれに当たるのが“事故物件”だ。
事故物件とは、以前住んでいた人が何らかの理由で部屋の中で亡くなった物件のこと。部屋で先住者が亡くなった事実を次の借り手に告知することは、宅建業法や消費者契約法で義務付けられているが※、事故物件には生理的に拒否感を持つ人も多いのでなかなか借り手は見つからないもの。そこで、誰かが借りた実績を作って告知義務をなくすために、相場以下の家賃で貸し出されるのだ。
※亡くなってから何年・何代目までといった期間までは詳しく定められていないが、少なくとも次の借り手には伝える必要があるとされている
●事故物件を探せ
マンガや小説では、賃貸物件を借りようとした人が事故物件を勧められるというシーンが出てくるが、実際に不動産屋に行って事故物件を勧められたという話を筆者は聞いたことがない。そこで、事故物件はどのように流通しているのか、調べることにした。根っからのゲーム好きの筆者、上京した時に秋葉原に住もうとしたが、家賃の高さから断念した経験がある。もし秋葉原に格安の事故物件を見つけられたなら、その夢もかなうだろう。
とはいえ、どうすれば事故物件が見つかるものなのか。分からないので、まずは賃貸業者の営業所を直接訪ねて、事故物件の有無を聞いてみることにした。
大半の業者では「扱っていない」「知らないねえ」などと門前払いだったが、御徒町のある賃貸業者で事故物件を扱ったことがあるという担当者に会うことができた。事故物件は、大家にもよるが1~2年限定で月2~3万円安くなるというのが標準という(礼金はなし、敷金は1カ月に減額するのが一般的とか)。
秋葉原近辺の事故物件を探してもらうように依頼したが、「それは難しい」と担当者。賃貸業者では顧客の希望物件を探すため、データベースに家賃や路線などさまざまな条件を入力して検索するのだが、「事故物件」という条件は存在しないのだ。「単に安い物件なら簡単に探せますが、設備が整っていながらワケありで安いという物件は探しにくい」(担当者)。
「そんなに手間にはならないので、ある程度の条件さえ伝えていただければ、毎日新しく出てくる物件の中から検索して探しておきますよ」と担当者。そこで、「秋葉原近辺の1DK、風呂・トイレ付で月6万円の物件」(注:相場より3万円程度安い)とリクエスト。「見つかったら携帯に連絡するので楽しみにしておいてくださいね!」と担当者から心強い言葉をもらった。
●事故物件が人気!?
業者からの連絡を待つ間、ほかにも事故物件を探す方法はないかと調べてみた。すると、いくつかの公営住宅ではWebサイトを通じて、事故物件の借り手を募集していることが分かった。
中でも最も多くの物件を紹介しているのが、独立行政法人のUR都市機構だ。全国77万戸(2006年度末)の賃貸住宅を保有する同機構では、事故物件を「特別募集住宅」と称して、該当する物件が現れ次第Webサイトに掲載して、借り手※を募集しているのだ。
※誰でも借りれるわけではなく、収入もしくは貯蓄が一定に達していなかったり、世帯人の中に暴力団員がいると申し込みできないといった制限もいくつかある。詳しくはこちら。
UR都市機構の特別募集住宅の特典は、2年間家賃が半額になること※。そして家賃だけでなく、敷金も通常の半額で済む(ただし割引期間後も住み続ける場合、差額を払わなければならない)。また住戸内は、通常の補修のほかにも先住者が亡くなった状況に応じて、浴槽、便器、洗面器などの設備を交換している。
※入居開始可能日の属する年度の、翌年度の初日から2年間が割引期間になる。つまり、入居開始可能日が10月なら、2年半割引を受けられる。ちなみにUR都市機構は礼金・更新料・手数料・保証人は不要。
UR都市機構は全国6エリアで営業しているが、関西エリア、中部エリア、九州・沖縄エリアについては、それぞれリンク先で物件の一覧を掲載して、借り手を募集している。残りの3エリアのうち、北海道・東北エリアと中国・四国エリアでは、特別募集住宅が滅多に出ないことからWebサイトには掲載せず、営業センターのみで募集しているという。
しかし、最も物件が多いはずの関東エリアでは、Webサイトに特別募集住宅の一覧を掲載していない。なぜか? それは、募集戸数を上回る申し込みが毎回来ているからだ。そのため、以前は先着順で特別募集住宅の借り手を決めていたのだが、より公平にするために2003年10月からは毎月初頭に抽選会を行って、借り手を決定するようになった。中でも家賃が高い東京地区は特に需要があることから、2008年4月から割引期間が1年間に短縮されている。
抽選会の話は東京都・八重洲の営業センターで聞いたのだが、事故物件に人気が集まっているとは少し信じがたい話。そこで実際に抽選会に行って、その真偽を確かめることにした。
●どんな物件があるの?
関東エリアでの特別募集住宅10月期抽選会は10月1日、新宿アイランドタワー16階の一室で行われた。会場が開くのは10時からなのだが、筆者が着いた9時半ごろにはすでに10人ほどが並んでいて驚く。信心深くない傾向にある若い男性が多いかと筆者は想像していたが、予想に反して、並んでいた人には60歳ぐらいの高齢者が多かった。
10時になると会場が開く。部屋はテニスコートほどの大きさで、手前に数台並べられた長机に申込書や特別募集住宅一覧が置かれている。その奥にパイプ椅子が100脚ほどあり、さらに奥へ進むと抽選手続きを行う机がある。長机で申込書を記入し、担当者に渡して、パイプ椅子に座って待つという流れだ。
とりあえず長机に座り、資料を見ると14戸の特別募集住宅が紹介されていた。「2007年度は毎月10戸から60戸程度だった」(UR都市機構)ことからすると、今回の物件数は少ないほうだろう。
最も家賃の高い物件は東京都・晴海の3LDKで月24万7400円(割引後は月12万3700円)、安い物件は東京都・小平市の1DKで月4万8600円(割引後は月2万4300円)と価格帯は幅広い。場所も広尾や晴海といった都心の物件から世田谷、千葉県・船橋までそろっている(残念ながら秋葉原近辺の物件はなかった)。先住者の死因は病死が最も多いことから、高度経済成長期に建てられたいわゆるニュータウンの物件が多くなるという。
参加者の様子を眺めていると、すぐに申込書を書き始める人がほとんど。前月の25日過ぎにはどんな物件が抽選会に出されるか分かるため、各営業センターを訪れたり、電話で確認したりして、どの物件に申し込むか事前に決めている人が多いようだ。
●「幽霊なんて出ませんよ」
申込書の提出期限である10時半が近付くにつれて、じょじょに参加者は増えてくる。平日ということからか、仕事を抜けだしてきたような雰囲気のスーツ姿の男性数人がギリギリになって駆け込んできた。
10時半に締め切った時の最終的な参加者数は45人(付き添いだけで申し込んでいない人もいた)。男女比率は6対4程度、若い女性が数人おり、外国人も参加していた。
14戸の物件に45人が申し込むなら、単純に考えると倍率は3倍を超える。しかし実際は、すべての物件に応募があるわけではなく、一部の物件に希望がかたよった。今回の最高倍率は金町駅前2DK(月7万7500円→月3万8750円)の物件で11倍。申し込みを受け付けると、逐次ホワイトボードに希望者の番号が記され、競争率が分かるようになっているため、提出を遅らせて競争率が高い物件を避けるというテクニックを使うことも可能だ。抽選は縁日で使うようなガラガラ回して数字を書いた球を出す抽選機で行う。低倍率の物件から抽選していき、15分ほどで抽選会は終了した。
契約手続きを終えた20代の女性に「特別募集住宅の話はどこで聞いたのですか?」と聞いてみた。すると「地元の営業センターで『安い物件ありませんか』と尋ねたら、特別募集住宅というものがあると教えてもらったのです。実は今住んでいる団地もそうなんですよ」という。特別募集住宅に住んでみた感想を尋ねると、「もちろん幽霊とかは出ないですし、特に変わったことは起こりません。デメリットは友達が家に来る時、若干引くぐらいのことですかね」と笑って答えてくれた。
抽選会で希望者が出なかった特別募集住宅はアイランドタワー2階にある営業センターで改めて一覧を掲示して、借り手を募集する。抽選に外れた参加者たちが帰り際、ほかの物件を探している姿が見られた。一覧が掲示されるのは新宿の営業センターだけだが、依頼すればどの営業所でも一覧を取り寄せてくれる。
公営住宅ではUR都市機構のほかにも、都営住宅がWebサイトで事故物件の入居者を募集している。こちらは家賃半額の割引期間が3年間になるなど条件がUR都市機構とは多少異なっており、物件の数も少ない。同様の募集は各都道府県で行っており、Webサイトで物件一覧を見ることができるところもある(宮城県営住宅)。
さて、日にちを見れば分かるように、ここまでは1カ月前の話。そろそろUR都市機構では11月期の特別募集住宅抽選会も行われる(11月期の抽選会は11月4日)。「あこがれのアキバに月6万円で住める」とワクワクしていた筆者だが、御徒町の業者からはいまだ音沙汰がない。もしかすると、体のいい断わり文句だったのではないかとも、この頃思いつつある。もし連絡が来れば、後日談も掲載したい。