11月13日16時21分配信 産経新聞
■「ロンドンへ」決断受け止め/「ひとり立ち」娘の背中押す
北京五輪バドミントン女子ダブルス代表の「オグシオ」こと小椋久美子選手(25)と潮田玲子選手(25)(ともに三洋電機)が13日午後、ペアで臨む最後の大会となる全日本総合選手権(東京・国立代々木競技場)に出場する。「ロンドンに行きたい」という小椋選手の決断を受け止めた母と、「あなたのプレーを見たい」と娘の背中を押した潮田選手の母。ペアはこの大会で解消だが、“オグシオ・ママ”2人は「新たなスタートを応援したい」とエールを送っている。
「これをやると決めたらとことん取り組む。昔から全部を自分で決める子でした」と、小椋選手の母、光江さん(49)。北京五輪が終わった直後の9月、所属チームの地元、大阪府大東市を表敬訪問した小椋選手は、現役続行に前向きな姿勢を示し、それからまもなく、ロンドン五輪を目指すと明言した。
幼いころから小椋選手は「オリンピックに出たい」が口癖だった。だが、高校時代にはヘルニアに悩まされ、北京五輪直前の今年4月にも腰椎(ようつい)ねんざで出場が危ぶまれた。順調に見えても、光江さんの心配は絶えなかった。
北京五輪後の10月、公式戦に出場しなかった小椋選手を心配した光江さんは携帯を鳴らした。その電話で、小椋選手は初めて「お母さん、ロンドンを目指したい。ごめんね」と告げた。「謝ることはないよ。あなたが決めたことだから」。光江さんは娘の決心を静かに受け止めたという。
「オグシオがなくなることは残念だけど、自分たちが決めたこと。これからも応援し続けたい」
早々と現役続行を決めた小椋選手と対照的だったのが、潮田選手。小椋選手とともに大東市を訪れた際には「自分のなかでは何も決まっていない」と迷いを見せていた。
今でも一緒にお風呂に入るほど仲が良いという母、睦子さん(51)は「五輪直後から娘は迷い続けていました」と明かす。
北京五輪では、中国ペアに敗れたオグシオ。報道陣には気丈な姿を見せたが、睦子さんとの電話では泣いていたという。「ロンドンを目指すことになれば、過酷な4年間に耐えないといけない。しかも出場できるとはかぎらない。自信が持てなかったのでしょう」。
そんな潮田選手が10月に帰省した際、睦子さんはこう背中を押したという。
「レイちゃんはもっと強くなれるよ。私はもう少し、あなたのプレーを見たい。自分がやれるところまで頑張ったら」
潮田選手は、はっきりと返事をしなかったが、母のエールが、迷いを吹っ切る理由の一つになったようだ。今月11日の会見で潮田選手は「自分が人に感動を伝えられるのはバドミントンではないか」と話した。
「ペア解消は寂しいけど、ようやく独り立ちできたんじゃないかな」と睦子さん。「これからは、あの子やおぐっちの新しい面が見られる。楽しみです」