聖地「トキワ荘」後世に 地元商店街 跡地に記念碑設置

12月2日8時1分配信 産経新聞

 「ドラえもん」「天才バカボン」「仮面ライダー」…その作者らが巣立った小さな木造アパート「トキワ荘」-。手塚治虫をはじめ藤子・F・不二雄、藤子不二雄(A)、石ノ森章太郎、赤塚不二夫ら日本を代表する漫画家たちが青春時代を過ごした東京都豊島区のトキワ荘跡地近くに来年3月にも、記念碑が設置される。漫画家10人の似顔絵とサインをあしらった台座のデザインもほぼ固まり、地元住民を中心に準備を進められている。(吉原知也)

  記念碑設置が計画されているのは、西武池袋線椎名町駅に近い南長崎花咲公園。トキワ荘跡地から約300メートル離れた場所だ。地域の4町会、2商店会など約30人が今春、記念碑設置実行委員会を立ち上げ、区とともに準備を進めている。

 記念碑は台座にトキワ荘の模型を乗せる案も検討されており、高さは150センチ程度になりそうだ。

 木造モルタル造り2階建てのトキワ荘には昭和28年、手塚治虫が入居したのをはじめ、記念碑に刻まれる10人が36年ごろまでの間に入れ代わり立ち代わり入居した。

 入居者以外でも頻繁に立ち寄って交流した漫画家、雑誌編集者も数多く、若手漫画家のたまり場のようにもなった。巣立った漫画家は数々の傑作を生み出し、テレビアニメ、特撮や漫画雑誌で少年らを魅了。その原点ともいえるトキワ荘には見学を希望するファンも多かったが、老朽化のため57年に取り壊された。

 その後四半世紀、日本のアニメが世界的に評価され、重要な産業として成り立っている一方、トキワ荘跡地を示す目印はなく、地元では「ここが漫画の聖地であることを風化させないためにも何とかしたい」との声が上がった。

 昨年、地元商店街が「『マンガの神様』達のルーツはここからであった」と書いた跡地を示す看板を近くに設置。さらに地域住民中心の文化事業として、記念碑設置が計画されたという。

 記念碑設置実行委の小出幹雄事務局長(50)は「漫画を世界に誇れる日本を代表する文化にしたのはトキワ荘の漫画家たち。記念碑設置後も地元ならではの資料展示や漫画家ゆかりの喫茶店、銭湯などの記念プレート設置など、活動を広げていきたい」と話している。

 杉並アニメーションミュージアムの鈴木伸一館長(74)もトキワ荘出身。藤子作品でおなじみの「ラーメンの小池さん」のモデルといわれている。「4畳半の部屋に住んでいるときは記念碑が残るなんて夢にも思わなかった。みんなで映画見に行ったり徹夜して漫画をかいたり合宿のように楽しく生活していた。濃密な人間関係が思い出深い」と振り返る。

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 ■「アニメは文化」広がる地域おこし

 漫画好きの麻生太郎首相がいうようにアニメは日本を代表する文化として、外国人観光客を誘致に貢献している。また、地域おこしに活用しようという自治体も増えてきた。

 「アニメ王国」を掲げているのは埼玉県。「らき☆すた」の舞台をアピールしている鷲宮町、幸手市をはじめ「クレヨンしんちゃん」の春日部市、「となりのトトロ」の狭山丘陵(所沢市)がある。

 11月には新サイト「YOKOSO!アニメ王国埼玉へ」を開設。アニメの舞台となった県内のスポットを英、中、韓国語で紹介。県観光振興室は「(鷲宮町は)ファンが集まっていると聞いて調査し新鮮な驚きがあった。名所旧跡では北海道や京都に勝てないからこそ出てきた発想」と、県の独自性を打ち出す。

 東京都練馬区はアニメ制作関連会社が90社以上集積しており、11月のイベントで区内在住の漫画家、松本零士さんが「アニメのまち練馬区」を宣言。同区は日本初のカラー長編アニメ映画「白蛇伝」(昭和33年)や鉄腕アトムが制作された日本アニメ発祥の地だ。

 東京都杉並区も重要な地場産業と位置づけ、人材育成など支援に取り組む。平成17年には杉並アニメーションミュージアム(同区上荻)を開館した。東京都三鷹市も13年、三鷹の森ジブリ美術館を開設、毎年「三鷹の森アニメフェスタ」を開いている。

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