【遊遊楽楽】「紀ノ川流域」 日常忘れ聖地で“森”呼吸

10月16日16時31分配信 産経新聞

 仏教聖地の和歌山県・高野山の新しい楽しみ方として、自然を満喫する“森林セラピー”が注目されている。宗教施設を深く包み込む森の木々に、癒やしの効果があるとして昨年、近畿地方で初めて「森林セラピー基地」に認定されセラピーツアーも始まっている。スギの大木を抱いたり深呼吸したりして、森の癒やしを体験。紀ノ川周辺の観光スポットも巡りながら、大阪から気軽に出かけられる和歌山県北部の旅を楽しんだ。(中井美樹)

 雨上がりの高野山。しっとりとした空気を感じる。まずは軽くストレッチ。筋肉をほぐし血液の循環をよくしてから、森林インストラクター、茶原敏輝さん(44)の案内で、奥の院の御廟を目指して歩き始めた。

 高野山の森は、針葉樹が多いのが特徴という。金剛峯寺が文化10(1813)年に定めた「高野六木」という制度があり、スギ、ヒノキ、コウヤマキ、アカマツ、モミ、ツガの6種類の樹木の伐採が厳しく制限され、森が守られてきた。

 「木を抱いてみましょう」。樹齢300年は超えるというスギの大木の前で茶原さんが足を止めた。

 大きく手を広げて、体を太い幹に密着させる。ザラリとした樹皮がなんとなく暖かい。5人がかりでも抱えきれないほどの太い幹。どれだけ寄りかかってもビクともしない。逆に木に抱かれているような心地よさを感じた。「触覚や嗅覚(きゅうかく)など、とにかく五感を使って自然を感じてほしい。普段使わない感覚をしっかり使って、体や心のバランスを取り戻して」と茶原さんは話す。

                * * *  

 森林セラピーは、森林浴の気持ちよさを科学的に実証しストレス軽減などに活用する考え方で、林野庁が中心になり全国各地の森を審査し「森林セラピー基地」や「森林セラピーロード」を認定している。高野山は、宗教に根ざした歴史や伝統文化、寺での宿泊などさまざまな点が評価され昨年3月、近畿地方で初めて「セラピー基地」として認定された。

 木々からは、香りのある精油成分が発散されており、針葉樹の多い高野山では疲労回復を促す成分が多いという。ツアー参加者全員で“森”呼吸する。腹に手をあて、たっぷり空気を吸い込む。目を閉じて深い呼吸を繰り返すと、穏やかな気持ちになってくる。ゆったりとした時間を楽しめた。

 奥の院の参道は、大名などの20万基を越える墓碑や供養塔があり、その間にスギの巨木が林立し、厳粛な雰囲気が漂う。たどり着いた御廟では線香の煙が立ちこめていた。僧の読経が聞こえる中、手を合わせると不思議と背筋が伸びる気がした。「高野山の森林セラピーは、宗教を抜きにしては語れない。信仰の場であるからこそ、日常から切り離された癒やしを楽しめる」と茶原さん。

 心地よく疲れたこの日の宿泊は、寺の宿坊。高野山には、52カ寺が宿坊を併設し一般の旅行客も受け入れている。宿泊した遍照尊院(へんじょうそんいん)の副住職、目黒寿典さん(46)から「お寺だからといって緊張せず、リラックスして過ごしてくださいね」と声をかけられた。

 精進料理を食べて風呂で汗を流して、部屋に戻る。時計を見ると、午後8時半。ふだんは大抵、職場で仕事をしている時間だ。目黒さんは「夜の静寂、すがすがしい朝の空気。高野山に一晩泊まるからこその時間を味わってほしい」と話していた。

                * * *

 翌日は、紀ノ川流域の観光に繰り出した。国宝、大塔がある根来寺、西国三十三所観音霊場第三番札所の粉河寺など有名寺院も多い。

 市内の中央を、紀ノ川が東西に貫く紀の川市には、文化元(1804)年に世界で初めて全身麻酔手術に成功した医師、華岡青洲(1760~1835)を紹介する「青洲の里」がある。園内には健康をテーマにした「レストラン華」があり、地元産の野菜をふんだんに使った総菜が、バイキング形式で楽しめる。

 さらに、和歌山電鐵貴志川線貴志駅(紀の川市)のネコのスーパー駅長「たま」。駅横の小屋に住んでいたが、同電鐵社長、小嶋光信さんに見いだされ平成18年に駅長に就任。以来全国からネコ好きが押し寄せている。

 実物の「たま」は携帯電話に取り囲まれていた。まるでアイドル。「こっち向いて」「たま~っ」。黄色い声が飛び交う中、たまは、改札口の台の上に余裕の表情でどっしりと座り動じない。駅の横の売店店長でたまの飼い主、小山利子さん(49)が抱いているたまを、そっとなでさせてもらった。むっつりした表情をふっと緩ませ、気持ち良さそうに目を閉じる。「か、かわいい…」

 「たまはね、生まれたときから私のポケットで大きくなって、いろんな人に接しているから、人が大好きなんです」と小山さん。

 売店には、缶ドロップや絵はがき、文具、写真集などさまざまな“たまグッズ”が並んでいて、ついつい大量に買い込んでしまった。

                   ◇

 ≪旅のメモ≫

【高野山森林セラピー】今年5月に8つのセラピールートが完成し、森林セラピーツアーの取り組みが本格的に始まった。金剛峯寺などで配布しているマップを参考に、自由に散策することも可能。森林インストラクターの案内を希望する場合(有料)は予約が必要。事務局は、高野「めざめ」の森づくり実行委員会。TEL0736・56・2011。

【根来寺】和歌山県岩出市根来。平安後期の学僧、覚鑁(かくばん)上人が開いた。中世は全国から僧侶が集まり学問に励む大寺院だったが、豊臣秀吉の紀州攻めで焼失した。焼け残った大塔は国宝に指定されている。大人(中学生以上)500円、子供無料。TEL0736・62・1144。

【青洲の里】和歌山県紀の川市西野山。華岡青洲の旧居跡周辺に作られた公園。業績を紹介する展示室や復元された住居兼診療所などのほか、健康をテーマにした「レストラン華」などがある。TEL0736・75・6008。

【和歌山電鐵貴志川線貴志駅】和歌山県紀の川市貴志川町。「たま」は日曜休み。車の場合、同線伊太祁曽駅に駐車場がある。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA