重度知的障害者の逸失利益認定

北海道北斗市の福祉施設で2004年、入浴中に死亡した重度知的障害者の少年(当時16歳)の両親(野辺地町在住)が施設を運営する社会福祉法人などを相手取り、約7300万円の損害賠償を求めた訴訟で、生きていれば得られたはずの逸失利益を含む約3200万円の支払いを命じた青森地裁の判決について、原告、被告側ともに控訴しない方針を固めた。これにより、控訴期限の8日、判決が確定する見込み。原告側の弁護士によると、重度知的障害者の逸失利益を認めた全国初の判決となる。

 「お母さん頑張ったよ。ずっと見守ってくれてありがとう」

 少年の母親(51)は判決が言い渡された昨年12月25日、傍聴席で抱えた遺影に小さな声で語りかけた。事故から5年5か月、提訴から2年9か月たっていた。

 「息子さんがお風呂でおぼれて…」。04年7月21日、自宅近くのスーパーで買い物中、施設の職員から携帯電話に連絡が入った。翌日帰省する息子にと、好物の焼き肉の材料を買い込んでいる最中だった。「明日から夏休み。おうちに帰るから目を開けて。起きて、起きて」。駆けつけた警察署の安置室で、冷たい息子の体を何度も揺すった。

 息子は持病のてんかん発作を起こし、入浴中におぼれた。職員は事故時、付き添っていなかったと知った。「以前にも発作を起こしているのに、なぜ」。施設の管理に疑問がついて回った。その疑問に、施設が示した文書が拍車をかけた。「逸失利益はゼロ」――。生きていれば得られた収入はないと、損害賠償を巡るやり取りで告げられた。

 「重度の知的障害者の逸失利益を認めた判例はありません」。相談した弁護士に教えられた。それでも、「踏み台になってもいい」と提訴を決めた。「スキーは上級者コースを滑れたのに。一人で電動工具が操作でき、施設も作業能力があると言ってくれていたのに……」。07年3月、息子の名誉のため訴えを起こした。

 「重度知的障害者がなぜ7000万円以上も取るんだ」。中傷の手紙に胸を痛めたこともあった。「我が子に値段をつける親なんていない。金額はどうでもいい。尊厳を取り戻したいだけ」。勝訴を告げた判決後、涙声を絞り出した。「息子の命は判例となって生き続けます」

 判決の確定する8日には、あの日食べさせてやれなかった焼き肉をこしらえるつもりだ。「大好きなカルビや牛タン、おなかいっぱいに食べてね」(木瀬武)

(2010年1月8日 読売新聞)

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