【能登の風】10.スローライフ

◆まき火 きずな運ぶ◆

 外浦の強い海風が吹き付ける、能登半島の最北端にほど近い珠洲市折戸町。一軒家の居間のいろりに、炭火が赤々とおこる。08年暮れに移住してきたカップル、後藤佑介さん(29)と山本美穂さん(30)の家だ。「意外に温かくて。ストーブだとこうはいかないんです」と山本さん。風呂はまきで炊いている。

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◆移住者迎える情と知恵◆

 後藤さんは東京都大田区生まれ。都内で輸入バイクを販売する店を営んでいた。富山県小矢部市生まれの山本さんとは共通の友達を通じて知り合い、遠距離恋愛。同居するに当たってネットで捜して見つけ、借りたのがこの家だ。

 08年秋に下見に来て、自在カギがあるのを見つけた。いろりはふたをしてあり、付近でも使う家はほとんどない。だが、2人には新鮮に見えた。灯油ボイラーが壊れており、「どうせなら」とインターネットでまきボイラーを買った。まきは、大家のおじいさんと間伐に行ったり、廃材をもらったり。炭の使い方は、近くの炭焼き職人の大野長一郎さん(33)に習った。

 「周囲の人たちの生活の知恵に驚かされる」と2人。初めに赤く起こした炭を、夏はほかの炭の下、冬は上に置くと、ぱっと火が広がる。「夏下冬上(かかとうじょう)」というと教わった。近所のお年寄りたちは食べられるキノコを見分け、浜で海草を採って干して売る。

 それに、みんな温かい。特産の大豆の豆がらを「持っていかっしー」とたきつけ用に持たされる。畑で取れた野菜をくれる。留守中、郵便受けにサツマイモが1本入っていたこともあった。自分たちでも、野菜を作り始め、「食べてはいける」と2人は笑う。

 後藤さんは珠洲市のNPO法人で移住希望者の相談に当たっている。大半の人が「仕事はある?」と心配するという。「でも、若い人が来たといううわさがすぐ広まるので『手伝って』と言われます」。山本さんも珠洲焼の店に半年前から勤めている。

 過疎が進む奥能登。珠洲・輪島・穴水・能登の4市町の人口は、05年の国勢調査では20年前の7割に過ぎない。

 各市町は空き家のデータベースや転入者への奨励金制度を設ける。珠洲市は県宅地建物取引業協会と協定を結び、家を借りる際の契約などのサポートをしてもらっている。07年度からの定住化促進事業を利用して移り住んだのは8組20人。「実際にはもっと多いでしょう」と担当者は話す。

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 木をくべて使うまきストーブが近年、静かな人気だ。27年前から扱うウッドペッカー(金沢市)によると、工事費まで含めて数十万~100万円ほど費用がかかるが「ワンタッチで使える安全なものが増え過ぎて、味気なくなったためでしょうか。手がかかるけれど、温かみを感じる」と池高明社長(45)。

 輪島市でも雪深い山間部の三井町に住む山下覚(さとる)さん(37)方は、家の改装に合わせてまきストーブを設置したところ、その前に一家が集まることが増えた。美真瑠(みまる)ちゃん(10)と寛人(ひろと)君(6)が寝転がり、覚さんは炎を見ながらビールを飲む。煮込み料理に重宝するという妻の祐美子さん(35)は「子どもが火の危なさも感じられる。不便だけれど心地良い」。

 便利ではないけれど味のあるもの。お金で買うものでなく「持っていかっしー」と交換しあうもの。いろりやまきストーブのような柔らかな温かさが、能登にはある。(角谷陽子)

=終わり

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