農家民宿 近所に絆

薪(まき)が赤々と燃える昔ながらの大きなかまどで、郷土料理のほうちょう汁や、芋餅を蒸す蒸籠(せいろ)が湯気を上げる。愛南町城辺の農家民宿「のどか」の台所で、にぎやかに料理の腕をふるうのは、宿泊客の農村体験を手伝う地元の女性グループ「おきなぐさ」のメンバー7人。集まったのは、客のためではなく、自分たちの忘年会のためだ。

 「農家民宿を始めて本当によかった」。大広間の机に手料理を並べ、お酒抜きでの語らいを何時間も続けながら、民宿を経営する高平玲子さん(56)は、満面の笑みを浮かべた。

 玲子さんが、柑橘(かんきつ)の専業農家を営む和豊さん(63)のもとに嫁いできたのは35年前。当時は農村の濃密な近所付き合いがまだ残っていたが、新たに移り住んでくる人も増え、徐々に人間関係は薄くなっていった。忘年会に来ていた近くの梅本ミエ子さん(64)は「お隣同士でもあいさつする程度。家に上がって話をすることはなかった」と振り返る。

 そんな希薄な人間関係に玲子さんが寂しさを感じるようになったのは10年程前から。寝たきりの義父の介護などで地域の行事にも参加しづらくなり、外とのかかわりは、メンバーの一人でお隣の松田千束(ちづか)さん(70)と話す程度になっていた。

 「人のつながりは宝。田舎の良さを発信しつつ、近所の人と交流を深めたい」

 2007年4月、玲子さんは、都市住民が農漁村に滞在する「グリーンツーリズム」に町が乗り出したことに背中を押され、自宅の離れで農家民宿を開業。宿泊客に様々な農村体験をしてもらうために、近所の主婦6人に声をかけて「おきなぐさ」を結成した。

 民宿を訪れた家族連れらは、冬は満天の星空にため息をつき、夏は窓を開け放した部屋に蚊帳をつって眠る。おきなぐさのメンバーにこけ玉作りや郷土料理を教わり、五右衛門風呂を自分で沸かしたり、里山を歩いたり。「素朴で懐かしい生活を味わえる」とファンが増えてきた。

 一緒に都会の人々をもてなすうちに、玲子さんが望んでいた近所同士の絆(きずな)も徐々に深まってきた。

 おきなぐさの会長を務める松岡玉子さん(64)は、「昨年秋、メンバーの自宅の新築祝いをここでやった。なんだかみんなが家族みたい」と話し、梅本さんは「集まって話をするだけでも楽しい」。玲子さんは「ガスコンロを消したかどうか不安になり、松田さんに見に行ってもらったこともあった」と笑う。

 のどかは単なる民宿ではなく、地域の仲間が集い、楽しむ場所となった。「外から戻ると、メンバーの誰かが『お帰り』と言ってお茶を出してくれる。そんなふうになれば幸せですね」。玲子さんは、その日が待ち遠しくて仕方ない。(大北恭稔)

(2010年1月12日 読売新聞)

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