八ツ場(やんば)ダム建設による水没予定地にある川原湯温泉(群馬県長野原町)で20日開催された「湯かけ祭り」。ダム問題に翻弄(ほんろう)されてきた住民が「何よりも大切にしたい」と口をそろえる奇祭に、記者も参加した。凍えるような寒さと男たちの熱気に包まれた祭りの舞台裏を追った。(時吉達也)
辺り一面を暗闇が覆う午前4時半。会場となる湯元の共同浴場「王湯」入り口で受付を済ませると、赤色の手ぬぐいとふんどし、足袋を手渡された。脱衣場を出て、「紅組」の待機する男湯に向かう。すでに十数人が浴槽につかり、中には“前夜祭”の影響か、顔まで赤く染まった面々も。
寒さに震える手で日本酒を飲み干した男たちから、次第に「お祝いだ、お祝いだ」のかけ声が始まる。午前5時を過ぎ、湯かけ会場で演奏されていた太鼓の音が鳴り止むと、樋田修一さん(41)が浴室いっぱいに歌声を響かせた。
♪ヤァー 正月二十日にゃどなたもおいで
サテ 上州川原湯湯かけの祭り ソレ-
往時は温泉街に大勢いた芸者が歌ったという「川原湯湯かけ音頭」。全員が手拍子を合わせ、一体感が高まる。
川原湯温泉観光協会によると、かつては川原湯地区の男衆のみで行われてきた祭りだが、今回の参加者約60人のうち、地元住民は半数弱。その他は同町の他の地区の住民、常連の観光客、国土交通省職員などさまざま。ダム問題の長期化に伴い、住民の地区外流出が続いたことなどが背景にあるという。
初めての参加者も多く、ややぎこちなかった空気も徐々に和み、満を持して紅組大将、金子勝美さんが登場。「行くぞ」。湯をくんだおけを手に、多くの観客が待つ屋外に飛び出した。
白組から次々に浴びせられる湯。鋭いしぶきを目に受けると、前を向けないほどの痛みが続く。あわてて顔をよければ、湯は鼓膜を直撃。負けじと応戦し、全力でおけを振り切る。
「戦場」と風呂場を往復すること十数回。午前6時半、集合した紅白両陣営から、この日一番のかけ声が響き渡る。一斉に湯が天高く放たれ、祭りは終わった。
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午前7時。終了後の打ち上げ「直会(なおらい)」は、高山欣也町長をはじめ関係者であふれた。
幼少のころから祭りに携わってきた水出耕一さん(55)は「ダム建設をめぐり、住民が反対と容認に分裂して対立した時代にも、湯かけだけはみんなで力を合わせた。今日ばかりは、国土交通省ともケンカしないよ」。国交省八ツ場ダム事務所の土屋秀樹さん(47)は「いろいろといわれるが、私は川原湯が好き。川原湯の生活再建を支えたいという気持ちだけ」。激動の数カ月をしばし忘れ、祭りの余韻に浸っていた。
政府のダム建設中止表明から約4カ月。24日には地元住民と前原誠司国交相との初の意見交換会が予定されるなど、ダム問題に揺れる日々が続く。川原湯温泉旅館組合の豊田明美組合長は訴えた。「政府に、川原湯のことをもっと知ってほしい。前原大臣も祭りに参加してくれないかな。特製のふんどしを用意するからさ」。