【特報 追う】冬場の浴室、高齢者ご用心 突然死が秋田で増加

11月7日8時6分配信 産経新聞

 今年もはや立冬。朝夕の寒さを肌で感じるこの季節、最もリラックスできるはずの「一室」に思わぬ危険が隠れているという。秋田県の昨年の死者数は過去最高の188人。うち大半が11月からの冬場に集中し、犠牲者の9割以上が高齢者だ。同年の交通事故死者数71人(県警まとめ)の実に2・6倍以上に及ぶその死因と、対策とは?(宮原啓彰)

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 全国で年間10万人に及ぶ変死事案のうち約1割が犠牲となった場所。そこは浴室だ。秋田県でも平成11年以来、死者数は110人を下回ったことはなく、近年、その数は上昇傾向にある。

 「入浴中の突然死」を研究している秋田大副学長で同大医学部の吉岡尚文教授は「入浴は日本人に欠かせない生活習慣にもかかわらず、生命にかかわる危険性が潜んでいることを多くの人が認識していない」と嘆く。加えて「遺体の司法解剖は県内でも年間2、3例。入浴が身体にどのような変化をもたらし、死に至らしめるのかを解明する詳細な医学的研究はほとんど進んでいない」と指摘する。

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 秋田県の昨年の死者数のうち95・2%(179人)を60歳以上が占め、50歳未満はわずか2・1%(4人)。高齢者を対象とした入浴実験では、(1)血圧低下(2)体温の急激な上昇(3)不整脈の出現およびその悪化-などの身体的変化が確認できた。

 冬季に暖かい部屋から低温の浴室へ入るといったん、血圧の上昇が起き、浴槽に漬かることで今度は血圧が下がる。血圧が短期間に著しく下がる結果、一時的な脳虚血(脳の血液量の不足)や心臓の変調などを引き起こすとみられている。死亡者の9割以上に高血圧や不整脈などなんらかの病歴があったが、不整脈の症状がある高齢者を心電図で調べた結果、入浴後わずか30秒で脈拍が急激に速くなり、心室性頻脈と同様の波形を示したという。

 意識を失っても、浴室は密室に近く、音も漏れにくいため発見が遅れる。秋田の場合、昨年の死亡者のうち58・5%(110人)が病院に搬送されたものの、既に手遅れだった。

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 どんな防止策が考えられるのか?

 吉岡教授が東北や関西など全国の地域別発生数を分析したところ、1カ所だけ際立って少ない地域があった。温暖な場所ではなく、意外にも厳冬で知られる北海道旭川地区=グラフ。同地区の入浴中の死者は19年中、わずか39人。しかも「年間を通じて季節による死亡者の変動がほとんどなかった」(吉岡教授)。

 「北海道では、厳しい冬を過ごすため浴室や脱衣場を含め、家屋全体を暖房で暖める家庭が多い。ところが本州以南のほとんどの家庭は居間や寝室など部分暖房が主流。中途半端に寒い東北などの地域よりも、部屋ごとの温度差が小さくなる結果、入浴時の身体への負担が軽減されるからでは」と吉岡教授は仮説を立てる。

 北海道ではセントラルヒーティング(一般的にはボイラーで温めた温水を循環ポンプで各部屋に供給する暖房方式)が標準化しているが、秋田など東北ではまれ。代替案として、床暖房や浴室暖房などの取り付けが一番効果的だというが、それも費用がかさむ。

 経済的で誰でもできる対策としては、「飲酒して入浴しない」「十分なかけ湯をする」「こまめな水分補給」などが挙げられる。

 これらの“常識案”に加え、吉岡教授は(1)浴槽につかる時間を5分以内にとどめる(2)高齢者の一番風呂は避ける(3)入浴前に高温のシャワーを流しっぱなしにするなどし浴室内を暖めておく(4)単独入浴はしない(5)水深は胸部以下の浅めにする-などを提言する。一方で、「交通事故対策には多額の公費が投じられているが、風呂場の突然死への対策はほとんど皆無なのが残念。行政からの啓発活動がもう少しあってもいいのでは」と訴えている。

 今夜からの入浴、「温度変化」にはくれぐれもご注意を。

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【用語解説】秋田県の入浴中の突然死

 平成11~14年は100人強で推移していたが、15年から増加に転じ、15~19年の5年間の平均は160人と大幅に増加した。死亡者に男女別の有意な差はなかった。昨年の死亡者(188人)を発生場所別にみると、「自宅浴室」が170人と全体の90%以上を占め、「温泉・銭湯などの入浴施設」が15人、「保健施設などの浴室」が3人だった。公共浴場などでは発見が早く、救命されるケースが多い。

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