12月10日12時7分配信 産経新聞
妻で女優の南田洋子さん(75)を5年ほど前から自宅で介護している俳優、長門裕之さんは現在、74歳。自身の健康不安を感じながらの介護です。少子高齢社会の到来で高齢者が高齢者を介護する、いわゆる「老老介護」は珍しくありません。しかし、長門さんは「介護する充足感で活性化していて、死なない気がする」と前向きです。(竹中文)
今、本当に私がほしいのは力です。洋子を軽々と持ち上げる力が残っていれば、楽だろうけれど、その力がない。だから、洋子に体を全部預けられると受けきれないんです。
私自身、平成7年には解離性動脈瘤(りゅう)を治療しました。以来、血がさらさらになる薬は飲み続けていて、先日、風呂場の備品に左手をぶつけたときには、アザが大きくなってしまいました。
今年11月上旬、テレビで洋子と私のドキュメンタリー番組が放映された後も、視聴者から「洋子さんより長門さんの方が危なく見える」などというメールや電話が寄せられました。そんな反響には、笑っているしかありません(笑)。「絶対、大丈夫」なんて言えませんから。
その取材では、入浴の撮影は遠慮してもらいました。しかし、通常は、私が洋子を湯船に入れたり、風呂場で体や頭を洗うのを手伝っています。顔を洗うときに「せっけんがついた手を顔へ」と教えても、必ず頭にあててしまうので、目の前で自分の顔を洗ってみせます。
背中にお湯を流すときには「お背中を、ながしましげお~」なんて駄洒落を言うこともあります。彼女は笑います。お笑いタレントではなく、私がギャグを言う意外性が面白いのでしょうか(笑)。2人分を洗うため、入浴に2時間もかかります。
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お手伝いさんには毎夜、泊まってもらいますが、私も1時間半おきに起き、洋子の部屋をのぞくようにしています。寝ぼけて足がもつれ、ひっくり返ったこともあります。洋子に「しっかりして」と励まされたことも(笑)。でも、行かないわけにはいかない。私が来るのを期待しているとき、洋子は布団をはいで起きる体勢で待っているのです。
仕事で疲れて熟睡してしまい、夜中にトイレに連れていけなかったこともありました。ハードな仕事のスケジュールのなかで、介護がきついと思うこともあります。でも、介護と仕事を両立するのは私の責務だと思うのです。
泊まりの仕事があるときはつらいですよ。心配で仕事先から電話をかけても、洋子は「大丈夫」と言うだけ。つい、現状を聞き出そうと質問してしまうのですが、彼女は言葉を見つけることができません。
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つらいときの救いは、洋子のこびないかわいさです。彼女のしぐさに、胸がときめくこともあります。
たとえば、「チュー」と言うと、ほおにキスをしてくれるのです。言葉がうまく見つけられなくなった洋子に「ばか」と言われて、「『ばか』と言ったら、チュー(キス)をする」と迫ったことがあるんです。それを喜んでくれて、以来、洋子は「チュー」というと反応してくれるようになりました。この行動には「ワンバカチュー」と名付けました(笑)。
夜中に私の部屋で、ぼんやりテレビを見ながら塩せんべいをボリボリかじるのも、私の側にいたいからだと伝わってきます。病気も含め、昔とは違うけれど、理屈を言わなくなった洋子がいとおしい。夫婦で寄り添う幸せを感じるようになりました。
そんな洋子には、私の没後も生活に困らないように暮らしてほしい。だから、住まいは洋子名義にしています。私が先に死んだら、住居を売ったお金で老人ホームに入ったらいい。
だけど、今は介護する充足感で活性化していて、自分は死なないような気もします。来年からは後期高齢者に属する年ですが、気弱な自分を洋子に見せたくないと思うからか、最近、重い病気にかからなくなりました。
今まで、女性問題やお金のことで苦労をかけたときに、優しく手を差し伸べて、肩を抱き寄せてくれた洋子の優しさを、私は忘れないでしょう。洋子が記憶を失っても、です。洋子を介護できることには幸せを感じています。洋子のために一生懸命に生きたいという思いが、今の私の元気の源かもしれませんね。