デフレ大不況 いまこそ「100年に1度の対策を」

1月13日8時32分配信 フジサンケイ ビジネスアイ

 ■政府紙幣発行で通貨供給量増やせ

 ■相続税免除の無利子国債発行せよ

 ■円建て米国債引き受け、円を国際化

 世界は「100年に1度」のデフレ大不況に突入寸前。「本当にどこが底なのか確信を持てない」(日本自動車工業会の青木哲会長)。生産も輸出も雇用も、物価そして所得も消費も、すべてらせん状に下降するという恐れが日を追うごとに募る。「定額給付金」などちまちました景気対策では列島を覆う不安を解消できるはずがない。発想と政策の大転換だ。デフレ下では民間のカネの流れが凍りつく。金融市場にまかせっきりではヒトもモノも動かない。ならば政府の手で金(かね)を融かすのが決め手になる。政府は日銀に代わって紙幣を発行し、マネーのバイパスをつくる。相続税免除条件付き無利子国債を発行し、預金通帳ごとたんすに眠るままの円を公共財源に振り向ける。オバマ次期米政権からは円建て米国債を引き受け、大々的な米国の新規まき直し政策を支援し、あわせて円の国際パワーを高め、ピンチを好機に変える戦略を打ち出す。(産経新聞編集委員 田村秀男)

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 日銀券とは別に、政府がお札を刷る政府紙幣とは耳慣れないかもしれないが、政府(財務省)がよく発行する記念硬貨の代わりと思えばよい。記念金貨とは違い、発行費用は紙と印刷代で済むから、政府は財政赤字を増やさずに巨額の発行益を財源にすることができる。

 まるで政府が「打ち出の小づち」を振るような話だが、きちんとした経済理論的根拠もある。物価が下がり続けるデフレとは、モノやヒトの労働の量がおカネに比べて過剰なのだから、おカネの供給量を増やせばよい。

 米国の中央銀行であるFRB(連邦準備制度理事会)のバーナンキ議長はデフレのときはお札を大量に刷ってヘリコプターからばらまけばよい、とFRB理事時代にぶったことがあるが、この「ヘリコプター・マネー」論は1930年代のデフレ大恐慌の教訓を徹底的に研究したシカゴ大学の故フリードマン教授が提唱し、学派を超えて何人かの米ノーベル経済学賞受賞者が賛同している。FRBは今回の金融危機に際し、不良金融資産までも買い上げ、ドル資金を無制限に供給する政策に踏み切った。

 日本でも日銀が日銀券発行など「量的緩和」などにより大々的な円資金供給に踏み切ればよいが、平時の感覚から抜け出られない日銀内部には円の信認がそこなわれるとの反対論も根強く、機動的な対応ができない。

 日銀券に比べ政府紙幣には政治主導という利点がある。政策目的に応じて政府紙幣による財源を充当できる。大々的な給付金にしてばらまくことで個人消費を喚起するのも一案。失業者対策など社会保障財源に回す、さらに民間の新環境プロジェクトを補助し、日本版「グリーン・ニューディール」を推進するのも手だ。

 もちろん、政府紙幣発行額には限度もある。高橋洋一東洋大学教授は財務官僚時代から政府紙幣を研究してきたが、政府紙幣発行適正規模を「25兆円」とみている。

 需要を喚起するためには、なかなか消費に回らない民間の金融資産を動員することも必要だ。そのために国債を発行するわけだが、国内総生産の1.5倍に上る政府の累積赤字を増やすわけにはいかない。

 そこで浮上している案が相続税免除条件付き無利子国債である。日本の個人金融資産は2007年末で1500兆円、このうち現預金は約半分、780兆円もある。個人は急落する株式を嫌って、金利がなくてもたんすに現金を留め置いたり、超低金利の預金で我慢したりしている。

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 これらの預金者のうち、相続税負担を気に病んでいる高齢者などに無利子国債を買ってもらい、相続税を免除する。この財源を政府紙幣発行財源と合わせると、政府は大規模な経済総合戦略を実行できるようになる。

 景気が浮揚すれば、税収も増えるが、政府の相続税収入は年間で1兆2000億円に上る。それを補い有り余るだけの税収増に結びつく景気刺激策を考案する必要もあるだろう。

 米国の金融バブル崩壊の結末は結局グローバルなデフレ恐慌であり、09年にさらに進行する情勢だ。米国で発行され、世界にばらまかれた巨額の金融商品は、借金しては消費する米国消費者の財源になっていた。それが消滅したのだから、世界の実体経済に大津波となり襲いかかる。中国では出稼ぎ農民など2000万人以上の労働者が輸出産業での職を失いつつあるし、日本でも最優良企業のトヨタ自動車までも営業赤字に転落、自動車産業を中心に3月までに8万5000人の非正規雇用者が失職する。昨年1年間では米国では285万人、欧州でも110万人が失業した。

 地球上のカネの流れが凍りつき企業はカネを使えず、消費者はカネを手放さない。物価は下がり生産も消費も縮小、所得も雇用も消え去る。

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 今回のデフレはこのように金融現象に始まり、金融の世界が病状をさらに悪化させるのだから、金融面でかつてない次元の政策に切り替えるのは当然だ。

 米国はバーナンキFRB議長、さらにオバマ次期政権でもやはり大統領経済諮問委員会(CEA)委員長になるローマー・カリフォルニア大学バークレー校教授がいずれも大恐慌の権威であり、デフレ対策を意識した政策を金融と財政の両面で打ち出してくる。日本もこれに呼応して、発想を大転換し、米国と足並みをそろえるべきだろう。

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 オバマ氏は最近のインタビューで財政赤字にこだわらず財政支出を増やすと言明している。その場合、米国の赤字国債を含む国債発行額は例年の4倍の2兆ドルに達する見通しで、市場ではドルや米国債の先行きに不安が日々高まっている。

 貯蓄大国日本は内向きにばかりならず、米国の経済再生も考慮に入れる必要がある。そこで、政府紙幣発行と相続税免除条件付き無利子国債の大量発行と並んで、円建て米国債の引き受けも視野に入ってくる。

 日本の民間が米国債を引き受けようにも、ドルが急落不安を抱えている限り、日本の金融機関も機関投資家も個人も、米国債購入にためらう。為替リスク不安が強いためだ。その点、円建て米国債は為替リスクを米国側が負うことになる。

 米国債の利回りは、円建てでも、日本国債よりも高く設定される可能性があり、日本の投資家は米国債を選ぶ可能性がある。その場合、日本国債の売れ行きに響くという恐れを財務官僚は抱くが、だからこそ相続税対策など、新たな魅力を日本国債に付与する必要がある。

 円建て米国債は世界の投資家にも買われるだろうし、日本企業と取引する世界の企業は決済通貨として円資産を増やせる。その結果、円の国際化が促進されるきっかけにもなる。こうした一連の円をめぐる財政・金融面での思い切った政策転換は、グローバル金融危機、世界デフレ不況という異次元の世界に入っているからこそ可能で、この際、逡巡している場合ではないだろう。

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 ≪効果とインフレリスク、表裏一体≫

 【政府紙幣】元財務官僚の高橋洋一東洋大学経済学部教授は「政府紙幣も通常の日銀券と同じように取り扱えばいい。返済期限も金利もないので、政府の債務にはならない」と、政府紙幣の利点を挙げる。

 ただ、政府紙幣発行の効果とリスクは表裏一体の関係といえる。適正な発行規模を見誤るとインフレを招きかねないからだ。日銀は2006年3月に量的緩和政策を解除したが、高橋氏は「それ以降、お金の量は約30兆円減っているので、25兆円ぐらいの政府紙幣を刷ってもいい」との見解だ。インフレ動向に注意を払い、「一定のインフレ水準を超えるようならば発行をやめればいい」という。

 政府紙幣発行は政府の財源調達にあたり、使途はさまざまだが、高橋氏は「最もフェアな方法は定額給付金のように国民に配ること。25兆円ならおよそ1人に20万円が行き渡る計算になる」と提言する。

 日本がデフレ不況に襲われていた04年には、財務省財務総合政策研究所でも政府紙幣発行にまつわるリポートをまとめた経緯がある。高橋氏は「当時は日本だけがデフレ不況で、輸出産業の頑張りなどでそれも解消されたが、今は世界的な不況。氷風呂に漬かった日本経済に100度の熱湯を注ぎ込むのが政府紙幣の発行だ」としている。

 【相続税免除付き無利子国債】大和総研の鈴木準主任研究員は「景気が回復し、犠牲にする相続税収入以上の税収増加につながることが見込めるのであれば効果は高い」と指摘する。

 ただ、「相続税という安定的な収入を失う方が、国にとって損失は大きい」との指摘も市場にはある。

 一方、投資家側からすれば、国債の運用益以上に、相続税を払わないことにメリットがなければ、購入することは難しい。「そもそも相続税の発生が予測しにくいのに加えて、どのような資産に位置づけたらいいのかわかりにくい商品」(鈴木氏)との意見もある。

 過去、フランスでは第二次大戦後2回にわたり、戦費調達のため相続税非課税の無利子国債が発行された。ただ、相続の寸前に財産を無利子国債に変え、相続後に売却し、他の資産を購入する行動が横行。結果的に、無利子国債はその後廃止された経緯がある。

 仮に無利子国債を発行した場合に、金融市場での日本の信用が失墜する可能性もある。「日本は国債に金利が払えないほど、財政的に厳しいのか」という見方をされるおそれがあるためだ。日本ではこれまでも議論に上っては消えてきた無利子国債だが、未曾有の金融危機の中、効果とデメリットの検証も含め活発な議論が期待される。

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