支局長からの手紙:高齢者虐待を防ごう /福井

11月19日16時1分配信 毎日新聞

 敦賀市にある敦賀温泉病院は認知症を専門とする病院です。玉井顯(あきら)院長(53)は講演で全国を飛び回り、厚生労働省にも現場の実態に根差したさまざまな提言をしています。最近は介護老人保健施設「ゆなみ」の職員らが演じる寸劇の啓発活動が好評。16日にあった市民公開講座「よりよい在宅介護を目指して」(敦賀市医師会主催)でも、喜劇仕立ての「高齢者ケア劇場~虐待防止編」(台本は玉井さん)が初上演され、私も大笑いしながら勉強しました。
     ◇
 夕暮れ前。居間では亀じーさんが新聞を読んでいます。でも新聞は上下逆さま。認知症が進行しているのを見た鶴ばーさんが声を掛けます。「おじーさん、台所から柿を持って来て」。実は症状を緩和するケアの一環なのですが、戻って来た亀じーさんの手には、柿ではなくふきんが。「怒ったらあかん」。鶴ばーさんは自らに言い聞かせぐっとこらえます。
 台所での亀じーさんは、次男の嫁が片付けた茶わんを勝手に動かし、急須は電子ジャーの中へ。「あるある」と観衆から笑いが起きました。嫁はしゅうとに嫌がらせをされていると感じ、相談を受けた夫が父親である亀じーさんに向かって電子ジャーを振り上げ……。
 後日、この日の出来事を一家そろって医師に相談。医師と話し合う中で、次男夫婦は認知症という病気を知らないままストレスをため込み爆発したものだと納得したのです。
     ◇
 高齢者に対する家庭や施設での虐待は年々深刻化しています。厚労省は03年、初めて全国の実態調査を行い、10人に1人が生命の危険もある状態だと判明し衝撃が走りました。これを受け05年11月に高齢者虐待防止法が成立、06年4月に施行されたのです。
 高齢者に対する虐待は、身体的虐待▽介護・世話の放棄▽心理的虐待▽性的虐待▽経済的虐待――の五つに区分されています。食べ物を無理やり口に入れることも立派な身体的虐待です。高齢者の財産を不当に処分することは経済的虐待になります。
 寸劇の後に講演した岐阜大医学部看護学科の福原隆子准教授によると、90年代の虐待は介護放棄が多かったが、最近は身体的虐待が増えているとのこと。一方、加害者は、90年代は嫁が多かったのが、最近は同居の息子がトップの4割を占めています。ちなみに厚労省の調査で07年度に確認された高齢者虐待は全国で1万3335件に上り、前年度より712件(5・6%)増加しました。ただ、加害者が身内や介護職員のためかばったり、認知症が進んで被害を訴えられずいるケースも相当あるとみられます。
 玉井院長も福原准教授も、認知症患者に対する虐待防止のためには周囲の人が病気に対する正しい知識を持ち、「軽微なサイン」に気付くことだと強調しました。そして、「おれは虐待していない、が虐待の始まり」だとも。ドキッとさせられました。【福井支局長・新土居仁昌】
 hiro.niidoi@mbx.mainichi.co.jp

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA