11月26日8時1分配信 産経新聞
有馬、白浜に並ぶ日本三古湯の一つ、松山市の道後温泉-。夏目漱石の小説「坊っちゃん」にも描かれ、市の中心部から路面電車でわずか数分という好条件もあって、四国を代表する観光地として長年、にぎわいをみせてきた。街のシンボル的存在でもある日本建築の道後温泉本館前に今月、会席料理が楽しめる宿泊施設「道後夢蔵」がリニューアルオープンした。経営理念は古今の文化を織り交ぜた「和モダン」。源泉掛け流し風呂を備えた客室からは道後の温泉街が一望でき、チーフマネジャーの山中尚美さん(41)は「道後に新しい伝統を築きたい」と意欲を見せている。(松山支局 岡嶋大城)
浴衣を着た観光客であふれる商店街を抜けると、重厚なたたずまいの「道後温泉本館」が目に入る。本館から東に道路1本を隔てた4階建ての蔵風建築が会席料理店と旅館を併設した道後夢蔵だ。1階は約50人が入れる会席料理店「夢かたり」で予約制。全国ブランドの「関アジ」「関サバ」が獲れる豊予海峡を漁場とする三崎漁港(愛媛県伊方町)に水揚げされた伊勢エビを使った「鍋会席」など新鮮な旬の幸を楽しめる。
3、4階の宿泊施設は「旅庵浪六」と名付けられ、外付けのエレベーターを上ると、廊下伝いに客室が並ぶ。玄関先には「夢庵」「楽庵」などと部屋の名称が書かれ、湯布院(大分県)の離れ宿のような風情を醸し出している。
「源泉掛け流しの個室でゆっくりと疲れを癒していただければ」と山中さん。夕刻、道後の街並みの彼方に沈む夕日は雄大な一幅の絵画を鑑賞するかのよう。
明治初期、道後は川の清流に沿うように「紅葉のお茶屋」と呼ばれる20余りの料亭と56店の割烹(かつぽう)店が軒を連ねた宴席処が人気を呼んでいた。時代を経るごとに道後の宴席は影を潜め、市街地の繁華街に主役の座を譲ることになった。
「平成の宴のもてなしどころを創出したい」との思いを胸に今年、1階のカフェを会席料理店に改装。夢かたりの宴席には上座、床の間といった区別はない。「誰にでも楽しめるよう、そして新しい宴のスタイルの提供を目指しているんです」(山中さん)という。
「もっとカジュアルに」とモダンさを強調する一方で、料理の味付けと創作は料理研究所「青山クラブ」(東京)を主宰する遠藤十士夫さんがプロデュース。歩み出したばかりの「平成の料亭」に伝統のスパイスを加えるかのように、料理の器や茶のいれ方にいたるまで、日本文化の作法にこだわっている。
「大事にしたいのは夢という言葉。市街地でなく道後で宴会ができるよう、道後温泉再生の起爆剤となるブランドイメージになっていければ」。道後夢蔵のオープンはわずか3年前。今年9月に経営を引き継いだ大藪崇さんは、まだ29歳という若い実業家だ。
会社員や農協といった団体の慰安旅行が減り、温泉街の旅館経営は十数年前と比べ一変した。全国的に苦しい経営を強いられるなか、「道後温泉から世界に発信できる宴のもてなしどころをつくる」。山中さんらの大きな夢への挑戦は始まったばかりだ。